海王丸座礁事故(2004)の船長は誰で名前は?死者数は0?当時の映像は?

1月18日のフジテレビ「報道スクープSP 激動!世紀の大事件7」では2004年10月20日に起きた海王丸座礁事故が取り上げられます。

この記事では海王丸座礁事故の当時の船長は誰だったのか、名前は?八田一郎一等航海士の八田一郎さんについて、また死者数や事故原因についてまとめました。

2004年海王丸座礁事故の原因は台風と判断ミス?

1月18日のフジテレビ「報道スクープSP 激動!世紀の大事件7」で取り上げられた2004年の海王丸座礁事故。

2004年10月20日に167人を乗せた海王丸が伏木富山港沖に停泊したにも関わらず流されてしまい強い揺れと共に転覆してしまうという事故でした。

船の中はありとあらゆるものが散乱し倒れた状態で、強い揺れで乗っていた方は転んで立てなかったそうです。

こちらが当時の海王丸の中の状況です。

海王丸座礁事故引用:東洋経済オンライン

船の最上階に登った乗客は、ここまでくれば水は来ないだろうと思っていたところ、さらに強い波が船を襲い、乗客の胸まで水は来たそうです。

最終的には海猿と呼ばれる救助隊に救出されましたが、一体、なぜ停泊していた海王丸が流されてしまったのでしょうか。

原因は台風23号と判断ミスということでした。

当時、激しい台風が襲っており、伏木富山港沖は停泊にはふさわしくなかったとのことでした。

ちなみに、当時の映像はYoutubeなどにはありませんでした。

海王丸座礁事故の船長は誰?八田一郎1等航海士とは?

では、海王丸座礁事故の船長は誰だったのでしょうか?

ネット上では海王丸の当時の船長について話題になっていました。

そこで調べてみたところ船長の名前は公開されていませんでした。

必要以上に責任追及をされることを考慮した為でしょう。

しかし、番組ではナンバー2の一等航海士・八田一郎さんが紹介されました。

八田一郎さんは当時42歳だったとのことで、現在は57歳くらいでしょうか。

八田一郎さんは溺れ死ぬことで頭がいっぱいになった乗客たちを「ここにいる全員を絶対生きて陸に返す」と誓い救助を行なったとのことでした。

当時の実習生であった宮﨑早希さんは当時の八田一郎さんを「冷静だった」と振り返っていました。

海王丸座礁事故の死者・負傷者は何人?


では、海王丸座礁事故の死者数・負傷者数はどのくらいだったのでしょうか?

これほど大規模な事故ですからネットでは事故の負傷者数、死者数について話題になっていました。

そこで調べてみたところ、乗客167名のうち、死者数はなんと0人、負傷者数は30人だったそうです。

船が倒れ、水が入ってくる状況の中ではパニックになって溺死する人がいてもおかしくはありませんが、死者数は0というのは八田一郎さんらが適切な判断の元救助を行ったからだと思われます。